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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)130号 判決

原告

川又勝治

ほか一名

被告

品田正俊

主文

一  被告は、原告らに対し、各金一三四万七五六八円及びこれに対する昭和五五年一月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金一〇八五万九三八六円及びこれに対する昭和五五年一月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

亡川又清治(以下「清治」という。)は、昭和五四年八月二日午後二時五〇分ころ、藤沢市亀井野二八三五番地佐藤方前道路上を六会方面から善行方面に向かいオートバイ(相模み四八一一号、以下「被害車」という。)で走行中に転倒して、反対方向から進行してきた被告運転の普通貨物自動車(相模四四も八〇八五号、以下「加害車」という。)に衝突し、脳挫傷等により死亡した。

2  責任原因

被告は、左側通行の基本原則を守らないで道路右側を走行し、運転中考えごとに耽り、前方注視を欠き、事故現場は幅員も狭く右にカーブしていて見通しの悪い道路であつたから減速徐行しなければならないのに時速約四五キロメートルで運転し、清治を発見してからの回避措置が適正でなかつたなどの過失により本件事故を発生させたのであるから、民法第七〇九条の規定により、本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益

清治が本件事故死により喪失した得べかりし利益は、次のとおり、金二五九八万八二四〇円と算定されるところ、原告らは、同人の両親として、それぞれ右損害賠償請求権を二分の一ずつ(金一二九九万四一二〇円)相続した。

(1) 死亡時 清治は、昭和三七年二月一一日生れの満一七歳の男子

(2) 就労可能年数 満一八歳から満六七歳までの四九年間

(3) 年収 金三〇一万七五九六円 賃金センサス昭和五二年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者のきまつて支給する現金給与額は金一八万三二〇〇円、年間賞与その他の特別給与額は金六一万六九〇〇円である。昭和五四年度まで賃金上昇率を各年度毎四・五パーセントとして計算すると、右現金給与額は金二〇万〇〇五八円となる(特別給与額は据置く。)。

200,058×12+616,900=3,017,596

(4) 控除すべき生活費 収入の五割

(5) 中間利息の控除 ライプニツツ式計算(係数一七・三〇四)

(6) 控除すべき養育費 満一八歳まで毎月金二万円

3,017,596×(1-0.5)×17.304-20,000×6=25,988,240

(二) 慰謝料

清治は、健康で快活な高校生で原告川又勝治の家業である電気工事業の後継者と嘱望されていた。本件事故により原告らの被つた精神的苦痛を慰謝するには、原告らに対し、金四五〇万円ずつ(合計金九〇〇万円)の支払が相当である。

(三) 葬儀費用

原告らは、清治の事故死に伴い、その葬儀のため、各金七〇万五〇七八円五〇銭(合計金一四一万〇一五七円、その内訳は左記のとおりである。)の出捐を余儀なくされた。

(1) 葬儀社への支払い 金八六万三五三〇円

(2) 通夜費用及び弔問客に対する接待費 金三五万二七三〇円

(3) 花代及び祭壇弔慰 金九一五〇円

(4) 四九日忌費用 金一八万四七四七円

(四) 治療費及び診断書書記代各金一万〇一八七円五〇銭(合計金二万〇三七五円)

(五) 物損

本件事故により、被害車が破損し、金三〇万円の損害が生じた。被害車は、清治が訴外内田俊明より借用していたものであつたところ、原告らは、清治の両親として、同人の訴外内田に対する、被害車を原状に復して返還する債務を、それぞれ二分の一ずつ(金一五万円)相続した。

(六) 弁護士費用

原告らそれぞれ金五〇万円(合計金一〇〇万円)。

(七) 損害の填補

原告らは自賠責保険からそれぞれ金八〇〇万円(合計金一六〇〇万円)の支払いを受け、これを本件事故による損害に充当した。

4  よつて、原告らは被告に対し、各金一〇八五万九三八六円及びこれに対する本件事故発生日の後の日である昭和五五年一月二八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2の事実を否認する。同3のうち、原告らが清治の親であること((一)、(五))、清治が昭和三七年二月一一日生れで事故当時一七歳であつたこと((一))並びに清治が健康で快活な高校生で家業の後継者と嘱望されていたこと((二))は不知、その余の事実は否認する。

三  抗弁(過失相殺)

清治は、本件事故現場付近を走行するに際し徐行すべき義務があるのにこれを怠り、自車を減速させることなく同所を走行したため、カーブを曲りきれずにバランスを崩し、本件事故現場の約九・二メートル手前で横倒しの状態になり、そのままオートバイごと滑走して自車後部を佐藤方ブロツク塀に激突させたうえ、さらに同人を前方三一・三メートルの地点に発見して急ブレーキをかけ停止した加害車に自車前輪部を衝突させたものであるから、その過失は損害賠償の額を定めるについて斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず被告の責任原因の有無について検討する。

(一)  いずれも本件事故現場附近の写真であることに争いのない甲第三四ないし第三八号証、成立に争のない乙第一、第二号証、証人二岡学の証言、並びに被告本人尋問(第一、二回ただし後記措信しない部分を除く)の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故が発生した道路は、小田急線善行駅から同線六会駅に通ずる藤沢市道で、幅員は広い部分で五・〇メートル、狭い部分で三・九メートル、歩車道の区別はなく中央線もない単道である。路面はアスフアルト舗装され、事故当時速度規制その他の規制はされていなかつた。善行方面から六会方面に向けて曲線半径約五〇メートルの急な右カーブとなつており、かつ約一〇〇分の四の上り勾配である。そのため、善行方面から六会方面に向けての見通しは、道路右側の民家のブロツク塀、電柱、草木等にさえぎられてよくない。

2  昭和五四年八月二日午後二時五〇分ころ(この日時は、当事者間に争いがない。)、被告は加害車を運転して本件道路を善行方面から六会方面へ進行し、本件事故現場付近にさしかかつた。当時加害車の先行車はなかつた。被告は車で何回も本件事故現場を走行しており、道路が六会方面に向かつて右にカーブしており、かつ見通しが悪いことを熟知していた。

3  被告は、カーブに進入するに際し、あらじめアクセルペダルから足を離し、それまでの時速四〇キロメートルから三〇ないし三五キロメートルに減速して、カーブ通過に備えた。

4  加害車が本件事故現場から約一五メートル手前の地点に達したとき、被告は前方約四二・四メートルの地点に被害車が時速六〇キロメートル以上の速度で走行してくるのを認めた。当時、加害車の走行位置は、道路右端から約一・七メートルの地点であつた。被害車は、その直後バランスを崩した。

5  それを見て被告は急ブレーキを踏んでハンドルを左にきり、加害車を道路左側に寄せた。

6  被害車は本件事故現場の約一一メートル前方で転倒し、清治を乗せたまま、道路上を善行方面に向かつて斜め右側の方向へ滑走を続け、道路右端の石垣に衝突したうえ、さらに加害車に衝突した。

(二)  被告本人尋問(第一、二回)の結果中、右認定事実よりも手前の地点で被告が被害車を発見した旨の供述及び加害車は道路のもつと左寄りを走つていた旨の供述は、証人二岡学の証言並びに前掲乙第一号証に記載された加害車のタイヤ痕の位置に照らすと、いずれも容易に信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  右認定の事実によれば、加害車を運転していた被告は自動車運転者として、本件道路のように見通しが悪く、車線の区別もされていない道路を通行するに際しては、対向車の出現に注意して前方の安全を確認し、かつ対向車に対しては加害車の存在をいち早く発見させるような方法をとつて加害車を進行させるべき注意義務を負つているにもかかわらず、右目的を達するのに十分なだけ道路の左側に寄らずに、やや右寄りを進行した過失により、被害車の発見(同時に清治による加害車の発見)を遅らせ、これがため動転した清治の転倒を招いて本件事故を惹起せしめたものと言うべきである。したがつて、本件事故につき、民法七〇九条に基づいて損害賠償責任を負わなければならない。

(四)  なお、原告らは、被告に、考えごとに耽り前方注視を怠つたこと、徐行義務違反及び事故回避措置に適切を欠いたことの過失があつた旨主張するので、この点につき判断する。第一点については、これを認めるに足りる証拠はない。むしろ、前掲のとおり、前方注視していたとしても、カーブの関係により、加害車と被害車が互いに相手を早期に認識しえぬような位置を走行していたことが問題なのである。また、客観的には被害車を発見できる位置関係に至りながら、被告の不注意で発見が遅れたことを認めることもできない。次に、見通しの悪い道路を通行するについては、対向車に注意しなければならず、そのための方法の一つとして減速することが考えられるが、原告らの主張のように、本件道路において徐行までする義務があつたとは認めることができない。また、加害車は道路標識等による最高速度の指定のない本件道路を、時速三〇ないし四〇キロメートルで進行していたことは前記認定のとおりであるから、これをもつて自動車運転者としての注意義務に違反があつたと認めることはできない。回避措置の適否については、加害車が道路左側に寄つたことが、転倒して被害車の操縦の自由を失つたまま滑走してきた清治との衝突を結果的に生ぜしめたことは否定しがたいけれども、本件道路のような状況下で対向車の異常走行を発見した自動車運転者としては、急制動措置をとりつつ自車を道路左側に寄せることは通常適切な行動と言うべきであり、本件事故におけるように、被害車が転倒し、そのまままつすぐ滑走してくるという事態まで予測して、急制動と同時に道路右側に寄らねばならない義務はなく、また、いつたん左へ変えた進路を、滑走してくる被害車に対処して、とつさに右に変え、被害車との衝突を避けることを要求するのは、本件事故の状況に照らし、被告に不可能を強いるものである。

三  次に本件事故により清治及び原告らが被つた損害について検討する。

1  逸失利益

原告川又ヒロ本人尋問の結果によれば、清治は死亡当時満一七歳であつたことが認められ、賃金センサス昭和五四年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の年間給与額は、金三一五万六六〇〇円であることは、当裁判所に顕著な事実であるから稼働可能年数を満一八歳から満六七歳までの四九年間、中間利息の控除についてはライプニツツ式係数(18.2559-0.9523=17.3036)を用いることとし、生活費として五割を控除し、清治の逸失利益を計算すれば、金二七三一万〇二七二円となる。

3,156,600×(1-0.5)×17.3036=27,310,272

原告川又勝治、同川又ヒロ各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは清治の親であり、他に相続人はないことが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告らは、各々相続分に応じ、二分の一ずつ清治の右逸失利益の損害賠償請求権を相続したことになるが右金額から養育費一二万円を控除すべきことは、原告らの自認するところであるからその額はそれぞれ金一三五九万五一三六円となる。

2  慰謝料

原告川又勝治は、同川又ヒロ各本人尋問の結果によれば、原告らは、長男であり家業の後継者と目してきた清治を本件事故で失い、多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、本件事故の態様、清治の年齢、その他諸般の事情に照らせば、原告らの精神的苦痛を慰謝するために、それぞれ金四〇〇万円をもつて相当と判断する。

3  葬儀費用

弁論の全趣旨及びこれにより成立の認められる甲第二ないし第三三号証によれば、原告らにおいて清治の葬儀をとり行ない、葬儀当日の費用のほか、法事費用等その主張のとおり合計金一四一万〇一五七円を出捐したことが認められる。清治及び原告らの社会的地位を考えると、このうち、葬儀費用として原告らに各金五〇万円(合計金一〇〇万円)を認めるのが相当である。

4  治療費及び診断書書記代

立証がない。

5  物損

前掲乙第一号証及び被告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件事故により被害車が破損したことが認められるが、証人内田俊明、同内田時春の各証言及び原告川又勝治本人尋問の結果を総合すれば、被害車は清治が証人内田俊明から借りていたものであつたことが認められるのみで原告らの被つた損害額の立証がなんらなされていないので、結局、本損害項目を認めることができない。

四  被告は、本件事故の発生について、清治に過失があつた旨主張するので、この点について判断する。

前記認定事実によると、清治は、本件道路を六会方面から善行方面に向けて時速約六〇キロメートルで被害車を運転して進行中、前方約四二・四メートルの地点に同人から見て道路のやや左側を走つている加害車を発見して、これとの衝突を避けるため、とつさにハンドル、ブレーキ等を操作しようとした際、被害車のバランスを崩し、そのまま態勢を立て直すことができず、転倒滑走したことが推認される。清治が加害車を発見した時点では両者の間にまだ相当の距離があり、衝突の危険性が極度に切迫したものであつたとはいえず、右発見地点の左側は畑であり、本件道路との間に障壁は存在せず(この事実は、前掲乙第一号証及び原告川又ヒロ本人尋問の結果を総合すれば認めることができる。)、清治としては衝突を避けるためにあえて道路外に飛びだすことも可能であつたこと等の状況から考えると、清治の転倒は、やむをえないことであつたと言うことはできない。加害車の出現に動転していたとはいえ、清治には、被害車の適切な運転操作を行なう義務を怠つた過失があり、右過失も、本件事故の発生に寄与したと言うべきである。

そこで本件事故の被害者たる清治の右過失を考慮すれば、被告は、原告らに対し、前記損害額のうち五割にあたる金員を賠償すべきものとするのが相当である。

五  損害の填補

原告らが自賠責保険から各金八〇〇万円の交付を受けたことは、原告らの自認するところであり、原告らの損害は右金額の分填補された。

六  弁護士費用

本訴の認容額、事件の難易等を勘案し、原告らが支払うべき弁護士費用のうち、被告に負担させるべき額は、各金三〇万円とするのが相当である。

七  以上により、原告らの本訴請求は、各金一三四万七五六八円及びこれに対する本件事故発生日の後の日である昭和五五年一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文の各規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井哲夫)

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